8月25日、まだ何でも太陽のせいにしたくなるような厳しい暑さの中、ヴァンゲルダーがこの世を去った。91歳であった。 RVGことルディ・ヴァン・ゲルダー(以下RVG)、ジャズ好きでこの名を知っていない人はいないだろう。プリンス、デヴィッド・ボウイ、今年もスーパースターが続けざまに亡くなり世界中の音楽ファンを悲しませたが、ジャズの世界に限ればRVGの死は彼らと同じ程のインパクトがあっただろう。 |
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RVGはミュージシャンでは無く、レコーディング・エンジニアとしてジャズの歴史に名を刻んだ。ミュージシャンより有名になったエンジニア、他のジャンルではあまり聞かない。彼はブルー・ノートやプレスティッジなどのジャズの名門レーベルで数多くの録音を担当し、出来上がったレコードの溝には生々しさを超えた、時にはやり過ぎともとれる強烈な輝きを放つ音が入っている。 なぜRVGはこのような録音ができたのか、そこにはLP特有のカッティングという作業が含まれているところにある。RVGが活躍した時代はLPの時代、マスターテープに録音した音をラッカー盤に音溝として刻む。この作業がカッティング、LPはここの作業の良し悪しで最終的な音が大きく変わってしまう。そんなことから当時の多くのエンジニアはレコーディングからカッティングまでを一貫して行っていたと思う。RVGもその一人で、カッティングで音が変わることも考慮してテープを仕上げる、そこの技術と感性がずば抜けていたのだ。 そして出来上がった音はレーベル・カラーとして認知され、最終的にその会社の理念になる。特に発展途上だったジャズはその傾向が強く、そんな重要な役割だからこそ気配までも溝に刻んだと言われるRVGの録音を皆が求めた。 |
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RVGが手掛けた録音、カッティングには、必ずラベルの周りのデッドワックスと呼ばれるところにRVGの名前が刻まれている。後に出てくる写真のように時代によって色々なタイプの刻印があるが、なかでも初期の頃はなぐり書きのような字でRVGと刻まれアメリカっぽい味がある。一番右の道具で引っ掻いて書いたのであろう。私はこの手書きの刻印を初めて見たとき1950年代のレコードの手作り感、RVGの使用していた道具から出てくる技術者というより職人の雰囲気、そんなアナログっぽさが至る所から出ており、このような人達の手で作り上げられたレコードが半世紀を超えてまだ愛されていることに妙に納得したとともに何故だか安心感を覚えた。 |
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KENNY BURRELL/INTRODUCINGという1950年代の作品がある。私がRVGサウンドの凄さを思い出すと最初に出てくるレコードである。コンガ名人のキャンディドの「タカタカタカ、、、」と小気味よく叩かれるコンガから始まるB面、この音がある程度良いボリュームで始まれば最後、その生々しさに誰でも息を呑むだろう、フツウは。そして圧巻は続くB面2曲目のケニー・クラークのドラムとコンガの打楽器隊のみでのソロ。今まで聴いたことのないような圧倒的な音像で押し寄せてくるサウンドは一見聴きどころが難しそうな打楽器のみの曲を、音を聴いているだけで、ただただ楽しいレベルまで持っていってくれる。 |
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だがこの体験ができるのは先に述べたRVGの刻印が入っているレコードに限る。CDはともかく、レコードでもこの刻印の無いものを聴いたが何故かスカスカで音像が浮き上がってこない。カッティングの工程で作品がここまで変わってしまうのか!と心底驚き、その体験後はラベルの周りを隈なくチェックするクセがついたことは言うまでもない。2016年09月02日配信の大須本店の佐々木君のメルマガでもRVGサウンドについて偶然同じ内容のことが書いてあったが、これは偶然でもなんでも無く、店頭でかかっているこの音に佐々木君が感心する隣で私も一緒に感心しながら聴いていたのである。あの時二人の仕事の手が止まっていたことも言うまでもない。 あれからもうちょっとで10年、ついこないだオリジナル盤が入荷したので、久しぶりに店頭のプレーヤーの針をMONO針にしてガツんとかけてみたが、最初に聴いたあの感動と全く同じ、いやそれ以上とも言える迫力であった。私は経験済みのため仕事の手は止まらなかったが、ジャズコーナーを見ていたお客さまの手は完全に止まっていた。もしやとカウンターで作業する二人の新人を横目でみたが、二人とも必死で通販業務をしていた。忙しい一日だった。。。 話が一切主役のケニー・バレルのギターに触れず申し訳ないまま脇道に入ってしまいましたが、その他にも実際に聴いて同じように感動したオススメ盤を紹介します。 |
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THE NEW MILES DAVIS QUINTET まずは帝王マイルス・デイヴィス。マイルスのRVG録音は50年代終わりからは大手のコロムビアと契約したため、RVGの録音はそれまでの50年中期の主にプレスティッジ・レーベル時代になる。その中でも印象深いのがこの作品。通称「小川のマイルス」。55年の録音だがちょうどブルーノートの黄金期1500番台の始まりと重なりRVGの試行錯誤から生まれたダイナミック過ぎる音使いが、マイルスのトランペットの音色とドンピシャリ、もう堪らんですわと思わず唸ってしまう。ジャジーでは無く、ジャズの音になっている。先日、厚紙タイプのOJC盤(リイシュー盤)を聴いたが、ちなみにこれには例の刻印は無いのだが、これでももう十分過ぎるほどの音で、先に書いた刻印有無による音質はすべての録音に当てはまらないということもここでさらっと言っておきます。 |
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BLUE TRAIN/JOHN COLTRANE コルトレーンはマイルスよりも多く、一時期を除いてほぼすべての録音をRVGが手掛けている。その中でもオススメがブルーノートでの唯一のリーダー作「BLUE TRAIN」である。この作品のすばらしいところはその完成度にある。まずタイトルにブルーがついており、演奏もとてもブルーで泣かせるところ、そしてジャケットもブルーな色合いで意味深、レーベルもブルーノート、まさに真のブルーともいうべきこの演奏とデザイン。(ブルーノートにはTRUE BLUEっていう作品があるぞという突っ込みは今回は無視します。)そんな積み上げたイメージを一つも崩さずそのまま音溝に記録したのが期待を裏切らない男RVGです。証拠にこっちのレコードはRVGの刻印が無いと何故かブルーさが薄くなってしまうのです。昔レコーディング・エンジニアを本業として、副業でレコード店でアルバイトをしていたN君がこのオリジナル盤を聴いてしまい、RVGの音に惚れ込みついに大枚をはたいて自分の時給の何倍もするこのオリジナル盤を手に入れました。今思えばあの時のN君の顔も青ざめていたように思う。。。 |
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OUT OF THE AFTERNOON/ROY HAYNESのSTEREO盤 このレコードには STEREO VANGELDERと刻印されています。もうSTEREOでも凄い。あの濃厚なサウンドはそのままに、なんと今なら横にも広がるんです!ロイ・ヘインズのバシンッ!ドカドカドカン!と鳴り響くドラムにローランド・カークのホギャとかブギャッとかスピーカーのサランネットを突き破りそうな勢いのサックス。本当にこの濁音が飛んできます。店頭で大音量でかけたときのあの衝撃は、今振り返ってもケニー・バレルのそれと変わらないレベル。隣に佐々木君がいなかったことが悔やまれる一枚。STEREOの強烈な音、もう一度言っておきます、もうSTEREOでも凄い。 |
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最近では音を聴くだけで、あっこれもしかしてと確認するとRVGだったりする。当たるとやっぱりRVGは一発で分かるなぁと感心、外れるとRVG以外にもすごい録音があるなぁとやはり感心させられてしまうのが、このアナログ・レコードの底の深さだと思う。ここまでRVGの凄さを書いてきましたが、当時彼と同じようにジャズの音を作り出し活躍したエンジニアは他にもいました。コンテンポラリー・レーベルでRVGに負けず劣らずの名録音を数多くしたロイ・デュナン、名門リバー・サイド・レーベルでビル・エヴァンスやキャノン・ボールアダレイの素直で伸びのある、健康的な音を録音したジャック・ヒギンズとレイ・ファウラー。ジャズは聴けば聴くほど演奏者だけでなく、この瞬間を捉えて伝えたいというレコードを作る裏方達の情熱も伝わってくる。 私はアナログ・レコードがまだ多くの人を魅了してやまない理由の一つに、この音が何十年経っても現在を生き続けているところがあると思っています。 |
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機会があえばRVG以外のエンジニアにも目を向け、ジャズ以外の録音まで手を伸ばしてみたいと思います。写真の作品はRVG左とロイ・デュナン右が録音したクラシックのLP。さて彼らの手にかかるとクラシック音楽はどんな音がするのでしょう。 レコード店:片岡兼人 |
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