ちょっぱらは寺井のピアノを聴くのははじめて。音の粒が際立つ流麗なタッチが見事。ペダルをふみこんだまま低音をジャランジャランとかぶせていく伴奏は他ではあまり聴いたことがない。にごった残響が、空間を包み込むような温かみを生んで独特。ピアノの象のような巨漢全体の発する振動、ノイズをも含めたベース・ドラムスとの共振。本来なら一掃される「濁り」、それら全てを優しく包み、滋味ある音として生かしているところが、興味深い。No.3「A Thousand Years Ago」ムーディ。ちょっぱらにはどうしても日本の演歌に聴こえてしまう。ベースの宗竹はちょっぱらと同年代、若い!(だれだ、?をつけるのは)No.6 「I Wished On The Moon」素敵なベースをずっと聴いていたい。No.10、本盤の「結論とも言える」ナンバー「Someone To Tell It To」を弓弾きで朗々と歌い上げる。ドラムスの河原は「酔いどれドラマー」の異名を持つのんべで、寺井との共演は25年以上、「かゆいところに手が届く」「世話女房以上」の最強パートナー。天真爛漫な人柄を彷彿させる自在なバチさばきでこのトリオの明るく希望にあふれたカラーをキャンパスに落としていく。No.7「I Only Have Eyes For You」関係ないかもしれないけど、F.アステアのタップみたい。かっこいい。
本盤は「自分にとっての幸せは何だったのか、青い鳥がどこにいたのかをピアノで綴った寺井尚之の手紙となっている」(ライナーノーツより)。ちょっぱらごときが何をかいわん。筆が止まってしまう。ふと、窓の外を見やると雪が降りしきっている。外が明るかったので気がつかなかった。寒いはずだ。長女は一昨日から風邪でダウンしているというのに、喜び勇んで外へ飛び出して行くのは近所でもうちの長男ぐらいのもんだろう。まるで子犬。それにしてもこの寒い休日に寺井のピアノのなんて温かく響くことだろう。関西弁でいうところの「ぬくい」。とても家庭的。おとうさんにうちで弾いてもらっているみたい(実父は弾けないが)。窓の外の雪がぴったり。といっても録音は9月下旬か。あ、2週間後だ。2001年の9月。事件の衝撃も生々しく、世界がまだ事件を把握さえ出来ないでいたこの頃の録音だなんて。エンディングに「Will You Still Be Mine?」歌詞を読み、鳥肌が立つ。あくまで明るくハッピーに歌い切る。そんな演奏に耳を傾けているうちに、なおも愛の可能性を信じ、愛にこそ託した彼らの真摯な思いにたどりつく。