春が待ち遠しく思える今日この頃、いかがお過ごしでしょうか、京都商品部の朴 高史です。 先日、やっと見れたのが、タモリ倶楽部の「マイ電柱」の回。(関西では、遅れて放送されます。) 電柱も然る事ながら、アース棒50本や、分電盤のチタンネジなどオーディオの奥深さを思い知りつつ今回は、 テープレコーダーのお話です。(関連はないです。) |
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実用化された最初のテープレコーダーは、1930年代、ナチス政権下のドイツのメーカーAEGが製造した「マグネトフォン」。 画像は、ウィキペディア「テープレコーダー」のページより引用しました。 |
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ナチラジオ放送にも使われていたその音の評判を、イギリスで聞いていたアメリカ人電気技術者であるジャック・マリンが、終戦時にアメリカに2台持ち帰ります。 帰国後、マリンは2台の「マグネトフォン」に改良を加え、映画会社、レコード会社、放送局などへのプレゼンテーションを行い、良い評判を得ます。 戦時下では、軍関係の電気製品を納めていた小メーカーAMPEX社は、戦後の事業展開を模索していた中、このマリンの「マグネトフォン」を知り、自社開発を始めるのですが、資金の目処が立たなかった様です。 そんな中、ラジオの生放送に疲れ、已む無く使ったトーキー用の録音機材での録音の、評判が悪く困っていた当時の大スター、ビング・クロスビーにもマリンの「マグネトフォン」のプレゼンが行われ、ラジオ放送用に「マグネトフォン」が採用されます。 テープレコーダーに可能性を見たビング・クロスビーは、マリンを介し、資金を求めていたAMPEX社に5万ドル投資することとなります。 アメリカ初のテープレコーダー「AMPEX 200」のシリアルナンバー001と002は、1948年4月、ビング・クロスビーに納品されます。 |
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AMPEX 200A 1948 画像は、History of Recording website より引用しました。 http://www.historyofrecording.com |
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翌1949年、様々な改良が加えられ、多くのバリエーションを持つ「AMPEX 300」が発売され、各業界の標準テープレコーダーとなります。 AMPEX 300 1949 画像は、History of Recording website より引用しました。 http://www.historyofrecording.com |
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そして、そのうちの一台を手にしたのが、ソリッドギターの名前で知られる「レス・ポール」氏です。 「Lover」Les Paul 1948 YouTubeより |
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多重録音でのポピュラーミュージックの最初の曲とされるこの曲(同年の、パティー・ペイジの「Confess」が最初という説もあります。) この曲は、「AMPEX 200」がまだ出来てないころで、レス・ポール氏が自作のカッティングマシーンを使って、アセテート盤にオーバーダビングされた様です。 多重録音を推し進めようとしていたレス氏がテープレコーダー「AMPEX 300」を入手し、録られたのがこのヒット曲 「How High The Moon」Les Paul & Mary Ford 1951 YouTubeより |
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レス氏の「AMPEX 300」は、オーバーダビング用に、ヘッドが改造されていた様です。 テレビで、レス氏がテープレコーダーによるオーバーダビングのデモンストレーションをしている興味深い映像がこちら 「Omnibus」CBS 1953 YouTubeより |
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多重録音のパイオニア的存在となったレス氏が、1952年自身の設計した8トラックレコーダーをAMPEX社に別注したのが、「AMPEX 300-8」 世界初のマルチトラックレコーダーとして、製品化もされるのですが、あまりにも高価で普及しなかった様です。 マルチトラックレコーダーが一般化するのは、ビートルズの「サージェントペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ」の録音で使われた、スイスのメーカーStuder社の4トラックレコーダー「Studer J37」。 Studer J37 1964 画像は、History of Recording website より引用しました。 http://www.historyofrecording.com |
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ロック史上最高ともされるこの録音は、「Studer J37」を2台使用し、8トラックで録音されます。(オリジナルのマスターは、モノラルです。) 操作性と性能の高い「Studer J37」は、数々の名録音を残します。 ステレオ録音が一般化すると、トラック数も16、24、32と増えてゆき、(現在のハードディスクレコーディングでは、100トラックを超えることも普通です。) レコーディングと、ライブは、どんどんと違ったものになっていったと私は思います。 「AMPEX 200」が、やっと出来上がった1948年頃、フランスで登場した音楽が、「ミュージック・コンクレート」 ラジオ局の電信技師であったピエール・シェフェールが始めたとされる、録音された具体音(列車の音や水の音などの音階を持たない音)をつなぎ合わせて音楽とする現代音楽の一種です。 当初は、アセテート盤を貼り合わせて、音を作っていたそうです。 Pierre Schaeffer -- Études de bruits (1948) YouTubeより |
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翌年、現代音楽の作曲家ピエール・アンリと出会い、共同制作を始めます。この頃から、テープレコーダーでの制作が始まります。 磁気テープを使った最初の音楽家とされます。 Pierre Schaeffer & Pierre Henry: Orphée 53 (1953) Youtubeより |
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1950年代、様々な作曲家が、ミュージック・コンクレートの作品を発表してます。磁気テープを使うことからテープミュージックという言葉も生まれます。 John Cage: Williams Mix (1952/1953) YouTubeより |
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1960年代には、磁気テープとテープヘッドを鍵盤に連動させた楽器「チェンバリン」や、それを元に改良された「メロトロン」が登場します。 The Mellotron (1965) YouTubeより |
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ザ・ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」に使われているあの音です。 まさにアナログ式のサンプラーです。 デジタル時代の現在では、当たり前になってしまっている技術も、元は、磁気テープと、テープレコーダーの創意工夫があってのものかと思われます。 (レコードブームの現在、アナログ録音は、再び需要が広がってます。) テープレコーダーの出現は、録音を飛躍的に発展させ、音楽の可能性を無限に広げることとなりました。 では今回はこの辺りで失礼します。 |