こんにちは、レコード店の片岡です。今回のメルマガは以前にジャズ界を代表するレコーディング・エンジニアRVG(ルディ・ヴァン・ゲルダー)について書いたメルマガの続編として、RVGと同時期1950年代に活躍したその他のレコーディング・エンジニアについて触れたいと思います。 |
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まずは前置きを。1950年代、録音媒体がSPからLPへ移り変わりました。そして運搬可能で2トラックで録音ができるレコーディング機器と指向性がついたマイクが開発され録音からレコード制作が容易になったことにより、大小様々な会社がこの音楽業界に参入しました。レコード会社(レーベル)は優秀な演奏者を競うように発掘、レコードを売り出しました。それと同時に演奏やプロデューサーの意向をそのままレコード盤に刻みこむための優秀なエンジニアが必要になりました。さらに50年代も後半に入る頃にはステレオ録音が開始され、こちらも各レーベルが我こそはとこの未知の録音に切磋琢磨し、そこでもエンジニアの技術が大きく影響しました。また録音機器も発展途上の段階のため、エンジニア達は各メーカーの機器を試し使いこなし、時には自作、改造したりしながら使いこなすことにより、録音された音源はその録音技師の個性、そして依頼したレーベルの音(カラー)になっていきました。 |
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50年代のアメリカを代表する音楽、ジャズはその音楽自体も発展途上だったことも相まって、演奏者同様、多くの名エンジニアを誕生させました。ブルーノート、プレスティッジなどジャズの代表的なレーベルの音を作ったとも言えるRVGはその筆頭と言えます。そしてそれに双璧をなすのが西海岸のレーベル、コンテンポラリーのロイ・デュナンです。 |
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ロイ・デュナンはここで数多くの名録音を行い、それは後にコンテンポラリーの音と呼ばれる様になりました。「SONNY ROLLINS/WAY OUT WEST」「ART PEPPER MEETS RYTHM SECTION」などのジャズの代表作も彼の録音です。低域はしっかり太く中域〜高域にかけても歯切れの良い音作りが特徴と言えます。RVGと比較すると、ピアノを犠牲にし管楽器やドラムスの音を限りなく際立たせたRVGの音よりも各楽器のバランスは良く、音量を上げるとそれと一緒に全体の演奏のエネルギーも高まっていくようなパワフルな音はこちらもジャズの最良の音だと唸ってしまいます。 |
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またロイ・デュナンは初期のステレオ録音にも尽力し、初期時代にしてステレオ録音の最良とも言える凄まじいステレオ・レコードを製作しています。上のタイトルに加え、「MY FAIR LADY/SHELLY MANNE」などはメリハリの良い歯切れの良い演奏とロイ・デュナンの絶妙な音のバランス感覚が最高の形で合わさった一枚だと思います。 |
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東のRVG、西のロイ・デュナン、両者が携わったレーベルには聴き手が共有出来るレベルでそのレーベルの音が存在します。寧ろレーベルはそのカラーが無ければ持続していくことが難しかったとも言えます。ですが、ジャズの3大レーベルとも呼ばれるリバーサイドだけは少し事情が異なります。ビル・エヴァンス、セロニアス・モンク、キャノンボール・アダレイなどが在籍し数多くの名作を生んだリバーサイドは他のレーベルより多くのエンジニアの名前がジャケットの裏にクレジットされています。 |
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リバーサイド・レコードはオリン・キープニュース(プロデュース担当)とビル・グラウアー(財政面担当)の二人によって先の2大レーベルより少し遅れて1952年に創設されます。オリンは自身がオーディオ・マニアだったこともありサウンド面には相当力を入れており、あえてRVGとは違うジャズの音の方向を示そうとしました。そして同じNYにいながらRVGに頼らず、周りのレコーディング・スタジオのエンジニア達に自分達の音を伝え録音を重ねていきました。(と言いながら最初の数枚はRVGが録音しています。その時何か思うことがあったのかもしれません。) |
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例えばビル・エヴァンスの作品を見ると、デビューから代表作の「PORTRAIT IN JAZZ」まではジャック・ヒギンス、次作では「EXPLORATIONS」ではBELL SOUND社在籍のビル・ストッダードを起用、そして次作の歴史的名盤「WALTZ FOR DEBBY」「Sunday at the Village Vanguard」の2枚のヴィレッジ・ヴァンガードのライブでは関係者の休暇と重なり、無名のデイヴ・ジョーンズが担当しています。おいっ!と突っ込みを入れたくなりますが、ちゃんとリバーサイドの音で録れています。因みに使用機材はSONYの真空管コンデンサーマイクC-37、AMPEX/351-2に自作の真空管ミキサーです。その後の作品でもビル・エヴァンスは違う数名のエンジニアが担当し、デイヴ・ジョーンズも使われることはありませんでした。 |
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オリンが録音に立ち会い、エンジニア達にリバーサイドのカラーを伝えたのでしょう。確かにリバーサイドの音は全体的にフラットであまり偏りの無い印象があり、特にピアノの音は他レーベルよりも鮮度が良いように聴こえます。ただあえて主観を強く出すと、何となく針を落とさないと分からないような音質にムラを感じます。カッティング時の影響もあると思います。どれだけレーベルの音を説明して作業を進めてもエンジニアによってどうしても違いは出てくるのではないでしょうか。多かれ少なかれその違いを楽しむ。そうそれがレコードの楽しみ方、マニアの楽しみ方ということで、リバーサイドが起用したエンジニアと代表作を並べてみます。 |
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THE SOUND OF SONNY/SONNY ROLLINS エンジニア:ジャック・ヒギンス ビル・エヴァンスの初期も担当しているジャック・ヒギンスが録音。オリンの信頼が高かったのでしょう。初期のリバーサイドの録音を多く担当し、特にモンクやチェット・ベイカーなどの売れっ子のクレジットは決まって彼です。今回挙げたレーベルすべてに録音を残しているロリンズ。このリバーサイドの盤はソニー・クラークのピアノも聴けます。マイク切れてたら怒るぞレベルでサックスをピタッとマイクに向けてるジャケットも良いですね。 |
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THE KERRY DANCERS/JOHNNY GRIFFIN エンジニア:レイ・ファウラー ジャック・ヒギンスと並びクレジットの多いレイ・ファウラー。リバーサイドは後年、レイ・ファウラーのスタジオを専属としていたようで彼の録音が多くなります。初期の頃の録音も担当していますが、個人的には後半のレコード番号だと300番以降の作品での彼の録音はとても芯がしっかりした真っ直ぐな音作りでトリオからクインテットまでどれも高水準。このジョニー・グリフィンもどっしりしたサックスなのに重苦しくない素晴らしいバランスです。 |
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KNOW WHAT I MEAN?/CANNONBALL ADDERLEY エンジニア:ビル・ストッダード エヴァンスとキャノンボール、看板スター2人の共演を録音したのがビル・ストッダード。ピアノもサックスも他レーベルでは聴けない溌剌とした健康的な音です。ブルーノートとは正反対?、ジャズっぽいと言えばどうか分かりませんが、これこそがオリンの求めたリバーサイドの答えなのかも知れません。 |
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FULL HOUSE/WES MONTGOMERY エンジニア:ウォーリー・ヘイダー ウェス・モンゴメリーの代表作にしてジャズの名盤ライブと誉れ高いこの作品はカルフォルニアのライブハウスでの録音です。ウォリー・ヘイダーはリバーサイドの西海岸でのライブを良く担当しています。(ビル・エヴァンスやバリー・ハリスの作品など) 録音ではギターの音を限りなく正確に録るためマイクのほかに、ギターを直接コントロール・ボードに繋げて録っていたようです。その結果、真骨頂と言われるライブでのウェスのオクターブ奏法を私たちは家にいながら余すこと無く聴けるのです。因みにウォーリー・ヘイダーはその後ジミ・ヘンドリクスの録音なども手掛けています。 |
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50年代から60年代に時代が移り変わるように、ジャズからロックへ、真空管からソリッドステートへ、2トラックから4トラックへ、エンジニアも次の世代へと変わっていきます。ビートルズの代表作を担当したジェフ・エメリックはビートルズとともにレコーディングの世界をも次の次元に導きました。また機会がありましたら、60年代以降も書いてみたいと思います。 |