愛しのコンプレッション・ドライバー 東心斎橋にBAR JAZZ(バージャズ)というお店がある。店主牧氏の審美眼によって統一された空間は開放的でエキゾチックだ。牧氏の背筋のすっと伸びた接客も心地良い。そしてこの店を印象付けているものにカウンターの端とフロアー側の奥にデンと据え付けられた劇場用の大型スピーカーシステムがある。つや消し黒塗りのエンクロージャーとその上に乗っかる巨大なホーンが織りなすルックスは単体で見るとかなり厳つい。が、ここの空間に置かれたそれは全体の空気に溶け込みながら絶妙なエッジを与えている。 このお店の抜群に美味いアボガドのぬか漬けをアテに店主自ら収穫しているというブドウで作られたワインを飲(や)りながら音楽に耳を傾けていると、酔いも手伝ってか一瞬自分がどこの店に居るのかわからなくなった。と言うのはその少し前にお店の音響システムの見直しをされた結果、スピーカーシステムそのものに変更は無いが音の印象が別物のようにガラリと変わったからだ。2インチのコンプレッションドライバーが放つ中域の密度の濃さにやられた。太く柔らかな中音が身体を包み込むような感じとでも言おうか。思わず口をついて出たのが「やっぱりコンプレション・ドライバーですよねぇ〜」 と言うことで今回のお題は大好きなコンプレッション・ドライバーについて。独り善がりの駄文に暫しのお付き合いを。。。 日本橋店 渡辺 正 |
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-3ウェイ・マルチで水を得た魚のように鳴り出したJBL- BAR JAZZの音は太くゆるゆると鳴る。フロントローディングホーンを備えたエンクロージャーに15インチウーファーJBL2220Hが2本納められ、エンクロージャーの上には幅803×高さ203×奥行508mmの大型ホーンJBL2350とその奥に取り付けられた2インチコンプレッションドライバーJBL2482が乗っかっている。よく見るとホーンの上にホーンツイーターJBL2405Hも顔を覗かせている。それらはすべて劇場用のPA装置である。 うなぎの寝床のように横長の店内の両端に2基のスピーカーが向き合うように設置され、カウンター席に腰を下ろすと耳のあたりに下段ウーファーが位置する。それは所謂ホームオーディオの世界でのスピーカーセッティングのセオリーからは外れている。 店主牧氏はこの巨大なスピーカーシステムを昨年末に3ウェイ・マルチアンプ駆動に変更された。ネットワークを取っ払いAshlyのチャンネルデバイダーで帯域を3分割、3台のパワーアンプでそれぞれのユニットを駆動させている。そうすると中域を担うコンプレッション・ドライバーが水を得た魚のように生き生きと鳴り出した。 |
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-中域の渦に身体が包み込まれる- このお店のベストポジションはL字カウンターの角。この席だと二つのスピーカーの音軸が対角線で交わり、両サイド4メートル向こうから押し寄せる中域の音はカウンターの角の辺りで渦となり、身体が包み込まれる。この感じはコンプレッション・ドライバーならではの多幸感であり、ドーム型やコーン型ユニットではまず味わえない。 そこに15インチダブルウーファーの量感たっぷりの低音が追い打ちをかける。中高音に対して低音の極々僅かな遅れが絶妙なグルーヴ感を生む。今以上遅くても駄目だし早くても駄目。JBLがうまく鳴り出した時だけの心地良さだ。 |
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ここで基本的なスピーカーユニットのおさらいを。。。 特殊なものを除くとユニットは3種類に分かれる。 ・右画像-ドーム型 ・下右画像-コーン型 ・下左画像-ホーン+ドライバー型 |
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スピーカーは電気エネルギーをコイルと磁石を利用して振動エネルギーに変換する。これをフレミングの法則と言うそうだ。このコイルと磁石を組み合わせた部分をボイスコイルと呼ぶ。ボイスコイルで変換された振動エネルギーは振動板で空気を震わせて音として耳に届けられる。 画像:PHILE WEB 「林正義のオーディオ講座」より引用 https://www.phileweb.com/magazine/audio-course/archives/2007/07/12.html |
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3つの画像は名作ドライバーの誉れ高いJBL375の画像 ・上左画像がフェイズプラグで中央の穴の奥にちらりとみえる網の部分が放射口 ・上右画像がバックチャンバーと呼ばれる後ろ側のカバーを外して現れた振動板の裏側 ・左画像が断面構造図 振動板の直径が4インチ(101.6mm)でボイスコイルの直径も同じ4インチとなり、中高域のユニットとしては断トツに大きいそうだ。 振動板で発する振動(音)はフェイズプラグ内で圧縮されて2インチ(50.8mm)口径の放射口から外に放たれる。ちなみに2インチドライバーとは放射口のサイズを言っている。 断面図画像:「JBL/HARMAN It's JBL」より引用 http://jbl.harman-japan.co.jp/special/itsjbl/entry.php?id=04 |
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ドーム型だと半球状の振動板がボイスコイルの振動に合わせて風船のように膨らんだり縮んだりする。コーン型ならすり鉢状の振動板が震える。 ここでは割愛したが、ツイーターで使用されるドーム型ユニット振動板素材について京都商品部の徳重が弊社メルマガ731号737号で紹介しているのでご興味有る方はそちらもご覧あれ。 メルマガ731号 http://www.hifido.co.jp/merumaga/kyoto_shohin/180202/index.html メルマガ737号 http://www.hifido.co.jp/merumaga/kyoto_shohin/180316/index.html ドーム型やコーン型は外側に振動板がむき出しになっているがコンプレッションドライバーは外からは見えない。ボイスコイルに連動した振動板をフェイズプラグというカバーが覆っている。そのフェイズプラグの先に放射口と呼ばれる穴が開いており、フェイズプラグ内で発生した振動すなわち音は狭いフェイズプラグ内で飽和状態となって圧縮されて放射口から飛び出していく。ここがコンプレッション・ドライバーと呼ぶ所以であり、ドーム型やコーン型との音の特性の違いになる。 さらにコンプレッション・ドライバーのフェイズプラグの先にはホーンが取り付けられている。コンプレッション・ドライバーから放たれた音はホーンを通り抜ける事で、空気振動を増幅して、整えて、外に拡散される。ホーンの形状や大きさは緻密な計算の元で設計されて、同じドライバーであってもホーンが変われば音質や音声帯域もまったく変わる。実にマニア泣かせである。。。 |
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-ソフトなのに圧がある- BAR JAZZのコンプレッション・ドライバーJBL2482はスペック上で300Hz〜6,000Hzの帯域をカバーする。高域側に伸びるタイプではないが重心が低く重厚感のある音質を持ち、このドライバーとホーンだけで講堂でのスピーチ用にも使えると言う。 牧氏はこのドライバーに500Hz〜4,000Hzの帯域を受け持たせ、音楽の一番美味しい部分をここからグイと引き出している。マルチ駆動以前はJBL3110ネットワークを使い800Hz以上の帯域なので、マルチ駆動にしてずいぶんと重心を下げた。 そして4,000Hzから上はJBL2405Hで鳴らしているが2405Hの公称スペックは6,500Hz〜21,500Hzなのだがそれがどうした。。。プロ用ユニット故それくらいではへこたれない耐性を持っているようだ。JBLの古めのツイーターは帯域を下に降ろす方がパンチが効いて気持ち良い。変な例えだがスイートソウルのコーラスワークでの褒め言葉「絹を裂くファルセットボイス」とでも言おうか。500Hz以下の低域はフロントローディングホーンを備えたエンクロージャーに組まれたJBL2220Hダブルウーファーがリッチなズンドコサウンドを奏でる。余談ではあるがウーファーもホーンを通り抜ける事で、空気振動を増幅して、整えて、外に拡散されるので濁りが減って、必要以上にボリュームを上げずにきれいに聴こえる。 コンプレッション・ドライバーならではの強力なハンドリングパワーを活かし中域の重心を落として、重厚な中域を中心に高域と低域を組み立てられている。ダンスホールレゲエなどのサウンドシステムでウーファーを林立させて低域で空気を震わせるあるが、中域で空気を震わせるには良質の大型ホーンとコンプレッション・ドライバーでないとできない。それはソフトなのに圧を感じ、飲食をしながら再生音楽を楽しむ場としては極上のバランスなのではないかと思う。 |
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-酒とバランス調整の日々- とは言え、シビアで繊細なマルチ駆動システムは日々チャンネルデバイダ等々の調整を求めてくるようだ。 空気湿度なのか、電源状況なのか、店主の体調やメンタルからなのか、そこは分からないが、僕たちが美味いアテとお酒を飲りながら極上サウンドに悶絶しているその陰で、牧氏は日々オーディオの調整に勤しんでおられる。 飄々としたキャラクターと背筋の伸びた所作が魅力の牧氏。陰でのご苦労など微塵も感じさせずに今日もお酒を作りサーブしつつ、レコードラックからレコード盤を抜き取り、1曲掛けては次のレコード盤を抜き取り1曲ずつ繋いでいく。 |
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-Like A Rolling Stone- BAR JAZZの音はBGMとしては結構デカい。が、往年のジャズ喫茶のような爆音ではない。牧氏のナイスな選曲を楽しみにやってくる人、美味しいお酒とお店の雰囲気を楽しみたい人、デートの際の取って置きのお店にしている人等々、すべての人を心地よく迎え入れる音量と音質を備えている。 時たまBAR JAZZで行われるDJイベントで、このスピーカーは本領を発揮する。がっつりとボリュームを上げコンプレッション・ドライバーが大きな渦を巻くと、このシステムがプロ用のPA装置であることを思い知らされるのである。 このメルマガを書いている途中に牧氏はウーファー4発を今より少し古いものに入れ替えられた。BAR JAZZのスピーカーがどうなっていくのか。。。楽しみである。 |
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-追伸- 因みにBAR JAZZのスピーカーシステムはハイファイ堂で購入頂いたもので、このような関西を代表する素敵な酒場の音響システムを微弱ではあるがサポートさせて頂いていることは誇りに思う。 |