「オーディオ風味 名曲アラカルト」 2006-2-17 音迷人 7.W.A.モーツァルト/交響曲第38番「プラハ」ほか 胸像はモーツアルトさんと・・ |
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モーツァルトの生誕250年ということで、今年は毎日?のように言われ「耳たこ」状態になるやも知れませんので早めに交響曲を1回やっておきましょう。そもそもこのコラムはモーツァルトの父上の曲から始め、私の好きなフルート四重奏曲を入れてきました。今回は交響曲を扱いますが、以前ハイドンのときにも申し上げましたが、周波数的にはそれほど難しい範囲ではないはずです。従って今回のオーディオチェックは音迷人としても大いに悩むところです。本稿はどげんなり申すか? |
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我が家から100mほどのところに中堅ピアニストが住んでおられ、地域のためにと毎年隣町にある250席ほどの小ホールで新春コンサートをしてくれます。今年も聴かせて貰いました。やはり前半をモーツァルトの作品で固め、トークを交えて進めてくれました。音楽家の勉強は我々と違って細かい上広範囲に渡っているので、何時も面白い話が聞けます。タイトルに書いた名前がフルネームだと思っていましたが、とんでもない!倍ぐらいあるのです。「ヨハネス・クリソストムス・ヴォルフガングス・神の息子(何とかかんとか)・モーツァルト」らしいのです。何とかかんとかをアマデウス(神に愛された)にしたようです。さりながら寿限無じゅげむには負けます。ということで少しモーツァルトさんのデータベースを作ってみましょう。 ◆家族 父:レオポルト(1719〜1787) 母:マリア・アンナ・ペルトゥル(1720〜78) 姉:マリア・アンナ・ヴァルプルガ:通称ナンネル(1751〜1829) 本人:ウォルフガング:7人目の子供、姉ナンネル以外は既に夭逝(1756ザルツブルグ、ゲトライデ通り9番地アパートマンションで生誕〜1791ウィーンで没す) 妻:コンスタンツェ・ウェーバー(1762〜1842) 子供:6人の子供も4人は夭折 (絵は幼少時の彼と父、ナンネル姉さん。下はサイン) 昔は西欧も寿命を全うするのが大変だったのですね。皆物凄い悲しみを抱えていた反面強く生きもしたのでしょう。 ザルツブルグの住まいについては「おまけ」参 |
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◆大まかな作品内容:上記のグラフ ◆大胆な分析結果: 専門家や超愛好家のようには出来ませんので、音迷人風簡易分析で勘弁してください。 舞曲が多いということは当時の上流社会の実用音楽として提供していた音楽生産者でもあったのですかね。そしてピアノ曲が多いのはやはりそれだけプレーヤーが多かったのでしょう。しかしピアノは大型で高価な品物ですから、やはり上流社会にあったと考えるべきでしょう。従って彼の音楽は大モーツアルトといえども裏木戸から入るお屋敷の住人がまずオーナーだったのでしょう。(いずれもモーツァルトさんの責任ではないですよ。時代です。)さりながら大衆(と言ってもまだまだ)の後ろ盾が必要な劇場用音楽?も益々盛んになってきましたので、彼はそれに心血を注いだわけです。 こんな考え方は如何でしょうか?舞曲は恐らく曲の長さは短いと思います。3分前後として総時間720分 交響曲などの平均を15分としたら720/15で48曲分となります。交響曲を40曲ほど書いていますから、まあ半分以上は自分の情熱の為に使えた(仕えた)なと考えられます。つまり純商売として相手に見合った曲を書きもし、厳しい大向こうも唸らせつつ自らの魂の満足をも書き込むという芸術作業を、高速で行ったのであります。(まーすごい展開ですね!ご勘弁を) |
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「プラハ」のオーディオチェックは1楽章導入部から始めましょう。 この曲はメヌエットなしの3楽章構成で2管編成です。「プラハ」と呼ばれるのはウィーンで作曲したこの曲を、オペラ「フィガロの結婚」が人気を博していた「プラハ」に出かけて行き、自ら初演したからでしょう。 ティンパニー一撃を含むティュッティーから始まり、少し暗く渋い落ち着いた強奏和音がありますが、混濁しないことです。1分少々の序奏の頭に続き、ティンパニーを芯に据えたフレーズと弦が短く数回あおるフレーズが交互に繰り返されます。(音楽を書き物にして伝えるのは大変ですね。ジャン!)唯一チェックになるティンパニー音。演奏者により色々なティンパニーの音色があり面白いところです。「ドン」というより「タン」と少し固めの響きが曲想に合うと思います。導入部が終わり聴きなれた旋律が主にVn群に乗り繰り返されます。割りとか細く綺麗な音ですが神経質ではいけません。要所要所にティンパニーやトランペットが絡んでいます。この頃はトランペットはメロディーよりもリズム楽器と思った方が良いです。ペッペケペーとかプハープハプーとかやっています。2楽章はアンダンテが多いのですが、私の思いですが、モーツァルトさんはアンダンテやアダージョ部の天才です。実に柔らかく優しく弦楽合奏が進みます。たなびくような弦の音がどこまで出せるかです。あの美しい弱音の響きがなぜ容易に出ないかと音声技術者に尋ねましたら、収録から再生に至るまでのあちこちのノイズが邪魔をしているそうです。そうS/N比が悪化している為だそうです。 3楽章プレスト早い音列の中に可愛い旋律が織り交ぜられている。綾なす弦があるかと思うと次の瞬間またまたティンパニーの一撃が入ってフォルテシモ。モーツァルトの弦合奏の強奏は録音再生では何故かとかく歪っぽく聞こえ易いと思います。立ち上がりがゆっくりの演奏の方がかえって落ち着くのです。私の装置にもまだまだ問題が多い証拠です。荒れてないフォルテシモを確認してください。 |
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お奨め盤は色々ありますが、ベーム/やバーンスタイン/ウィーン・フィルでしょうか。 変わったところで意外と録音が良いのは1970年録音のイギリスの大作曲家ブリトゥン指揮/イングリッシュ・チャンバー・オケ盤でノイマンのマイクにスチューダーA62デッキです。ホールが木造でふくよかな響きとあります。(写真右) モーツァルトさんの後期交響曲には素晴らしいのがギュッと詰まっています。35番ハフナーから始まって41番ジュピターまで名曲ぞろいですので、総て曲の流れをそらんじるほど、聴き込んでください。40番などは彼の「白鳥の歌」と感じます。オーディオチェックは弦と木管の質ににつきます。 |
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この頃の曲に似合う古典楽器による演奏が、流行っているというか見直されています。確か20年前にもそんな時があり、買い求めたCDはホグウッド/エンシェント室内管弦楽団盤です。音もまあまあです。今はピリオド奏法というようですが、楽器のつくりや、奏法が当時のスタイルだそうです。オーケストラのピッチも今とは数ヘルツ違うそうです。Vnは殆どビブラートをかけないので直線的でヒステリックに聴こえます。私はやはり現代奏法が好きです。 ただ最近は「何を怖れてか」演奏に自由度があまり無く、金太郎飴で、面白くないことがままあります。そんな背景で自由度のあるピリオド奏法を試したくなるのでしょうか?(おー大提言だ) 隣の写真はイベントか映画ですから、普通はここまでしませんよ。ゴールデンウィーク、東京でモーツァルトフェスティヴァ?があるようですが、ひょっとしたらこれ位までやるかもしれません。 |
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おまけ:◆「ピリオド奏法」について東京農業大学管弦楽団のU氏に教わった内容を要約してご説明しておきます。農大オケは大変歴史が古くNHK交響楽団の前身「新交響楽団」に遅れること2年(1928)から活動されています。確か今春が85回定期演奏会です。凄いでしょう!是非聴きに行ってください。 一般で言う古楽器演奏のことです。数十年前から試みられていますが、趣旨は「発達してきた楽器や奏法で現在演奏されているが、それはあたかも編曲を聴いていないか?では当時の楽器と奏法でやれば当時の作曲家の意図が伝わるのではないか」という事でしょう。初め暫くは「それでは古楽器でやりましょう」とハードにこだわった節があります。ところが今活躍している例えばVnストラディヴァリなど古楽器ではないか!古楽器をコピーしたのは新しいものばかり。あれれ?!です。そこで「オーセンティック(正統的)な楽器」というように成ったらしいのです。そうすると昔のやり方が総て正統的か?となって、今ではピリオド奏法で演奏するとなって落ち着いているようです。すなわち「昔の弾き方」と覚えておけば良いようです。 (ここから音迷人流で・・・)しかしながらこの言葉は可なり難しいことをはらんでいます。聴取者側は、現代定着している演奏は昔とどう違い、どこで誰が何故変えてきたか?昔の演奏はどのように証明できるのか、そして今演奏された「昔の」は正しいのか?などの疑問に行き当たります。文字や言葉は書物ではっきり残ります。音楽は楽譜や記号で残しますが、実際の結果としての音響としてはエジソン以降ですから、その昔のは残っていません。演奏家が、指揮者が弟子に口移しで伝えて来てはいますが、真実は最後まで推測でしかありません。現在これがそうですと演奏されても率直に「そうですか」と受け入れられません。さらにその当時だけを考えても記録も情報伝達(放送など)も無いので、同じ曲でも場所の違いだけでも相当違っていたと思います。曲の情報を持って伝播したのは作曲家、指揮者、演奏家という音楽家個人ですね。しかし限られた場所と時間でしかなかったのです。(モールアルトさんの大移動は正解?) こう考えると要は時代考証を踏まえた、「節度のある自由な演奏」が許されて良いというか、楽しむことでしょうね。そして現代奏法でもこれをやればマンネリ化しないかも??感動が伴えば我々聴衆はそれぐらいの受容度を持っていると思うんです。「音楽評論家」と称する方如何ですか?あなた方の音楽評を気にして(生活がらみで?)のびのび演奏されてないかもしれませんよ!最後は音・学ではなく音・楽であるべきでしょう。 写真下:ザルツブルグの生家から引っ越した住まいの様子 |
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