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こんにちは。レコード店の松田です。 今回は50年代末から60年代初頭のアメリカンポップス黄金期にかけて流行した音楽ジャンル”ドゥーワップ”をご紹介したいと思います。 |
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ドゥーワップとは 1950年代半ばからアメリカで流行した黒人によるストリートカルチャー。 複数人でメインパート、コーラスパート、低音パートなど役割を分担し、コーラスパートは「シュビドゥビ」「ドゥワ・ドゥワ」など歌詞を持たないリズミカルなハーモニー、低音パートは「ブンブン」「ボンボン」といったベースを真似た音を出して歌います。楽器がなくても音楽が形成され、経済的に楽器を買う余裕がない貧困層や若者でも歌声のみで始められることから、都市の黒人の少年たちの間で広がり始めました。 たちまち人気のジャンルとなり、アップテンポでユーモラスな楽曲はロックンロールの流行と共に当時の若者文化を形成しました。 ドゥーワップを代表するグループを紹介します。 |
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「プラターズ」 52年にアメリカで結成されたコーラスグループ。 知らない人はいないであろう名曲かつプラターズを一躍人気にした大ヒット曲「オンリー・ユー」、ジャズのスタンダードナンバーとしても有名な「煙が目にしみる」などを歌いました。日本でもドゥーワップ・グループの中で最も知名度が高いグループと言っても過言ではありません。 スイート&ロマンチックなイメージが強いプラターズですが、デビュー曲である「Hey now」、続いて発売された「Voo vee ah bee」などはアップテンポなドゥーワップ・コーラス満載です。 度々のメンバーチェンジと分裂を繰り返し、現在では「プラターズ」を名乗るグループは20組ほどあるそうです。 |
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「コースターズ」 55年にアメリカで結成。当時ウエストコーストに住んでいたことからコースターズと名付けられました。 「Yakety Yak」や「Searchin’」など、コミカルでユニークなロックンロール色が濃い楽曲が中心のグループです。 当時日本では「Yakety Yak」が少しヒットした程度(雪村いづみが日本語でカバーしています)で、日本ではあまり認知されていなっかたようです。 63年以降のブリティッシュ・ビート全盛期には、ローリングストーンズやホリーズをはじめ多くのバンドがコースターズのナンバーを好んで演奏しました。 |
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「トーケンズ」 55年にアメリカの高校生達により結成。 創設メンバーには歌手・ソングライターとして有名なニール・セダカが参加しています。 メンバーチェンジを経て61年にはビッグヒット「ライオンは寝ている」をリリース。 原曲は南アフリカの古い民謡で、トーケンズのヒットにより人気曲となり、様々なアーティストがカバーしました。 グループとしてはその後「ライオンは寝ている」を超えるヒットはありませんでしたが、卓越したコーラスの技術を生かしサーフィン・ホットロッドナンバーなどにも挑戦しています。 現在でも活動しているようで、ホームページではライオン柄のベストを着たチャーミングなメンバー写真を拝むことができます。 |
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黄金期には数多くのドゥーワップグループが誕生しましたが、当時日本では馴染みが薄く、全米大ヒット曲がちらほら売れた程度だったようです。 当時の日本は外国曲を日本語で歌うカバーポップス文化が盛んだったにもかかわらず、ドゥーワップ曲がほとんど持ち込まれなかったのは、当時は単独歌手が多くグループで売り出される歌手がまれだったことが大きな要因でした。 同じ理由で60年代前半のガールズ・グループ・ブームも当時日本では取り上げられませんでした。 当時の日本のコーラスグループとして、和田弘とマヒナスターズや、ダークダックス、デューク・エイセスなどといったグループもいましたが、ナイトクラブの大人の恋愛を歌ったムード歌謡や、歌声喫茶で流行したみんなで歌える唱歌などが中心でした。 またカバーポップスの世界にはダニー飯田とパラダイス・キングやスリー・ファンキーズがいましたが、どちらも白人音楽のポップスが多く、ドゥー・ワップのように黒人音楽やロックンロールを主体としたグループは存在しませんでした。 |
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日本で初めてドゥーワップスタイルを基調としたコーラスグループが「ザ・キング・トーンズ」でした。 58年にプラターズをお手本に結成され、米軍キャンプでの演奏や、カバーポップスのレコーディング時のバックコーラスを中心に活動していました。 68年に「30才の新人グループ」のキャッチコピーでデビュー、「グッド・ナイト・ベイビー」のヒットにより人気を博しました。 ドゥー・ワップを基調にしたコーラスのオリジナル曲や洋楽カバー、また60年代のソウル色の混じった楽曲アレンジで、日本歌謡界に初めて黒人音楽のコーラススタイルを持ち込んだのが彼らでした。 しかし、当時の日本はドゥーワップの認知度が低かったため、ムード歌謡と混同されがちでした。 |
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山下達郎のラジオ番組、サンデーソングブックの「内田正人さん追悼キングトーンズ特集」を文字起こししているサイトを見つけました。 山下達郎が、キングトーンズについて、またドゥーワップと日本の関係性について、とても深く丁寧に紹介されていたことがわかります。ドゥーワップという音楽を知る上でたいへん参考になりました。 |
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そして日本にドゥーワップという音楽ジャンルを深く印象づけたのが「シャネルズ(現:ラッツ&スター)」です。 75年結成、80年「ランナウェイ」でレコードデビュー。 黒塗りに50年代風の髪型にスーツ、50年代のドゥーワップグループを真似たショウアップされたステップでお茶の間に強いインパクトを残し、彼らの登場以降、音楽雑誌にドゥーワップの特集が組まれるなどブームを巻き起こしました。 またドゥーワップのスタイルを取り入れつつも、当時の歌謡曲と並んでも見劣りしない「今っぽい」サウンドでヒット曲を連発しました。 |
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私が50年代や60年代の音楽に興味を持ったのも、ラッツ&スター(正しくは2006年にラッツ&スターとゴスペラーズの選抜メンバーによるスペシャルユニット、ゴスペラッツ)、を音楽番組で見て衝撃を受けたのがキッカケでした。 一緒に見ていた母は「なつかしい〜」なんて言っていましたが、当時J-POPしか聞いたことない高校生だった私は目が釘付けになったことを覚えています。 この感覚は当時お茶の間でシャネルズを初めて見た人達と一緒だったんじゃないかなと思います。 |
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現在活動しているドゥーワップのグループを紹介します。 「THE APOLLOS」 札幌を中心に活動するグループで、結成28年のベテランです。 オリジナル曲や洋楽カバーはいい意味で古臭いサウンド、またドゥーワップの原点であるアカペラの歌唱力はズバ抜けています。 私が「THE APOLLOS」を知ったのは2年程前に知人がSNSにライブの動画をあげていたのがキッカケなのですが、熱気というか気迫というか、今までドゥーワップはどちらかというと正統派の少し生真面目な印象をもっていたのですが、そのライブ映像をみて印象が覆された記憶があります。 もしかしたら50年代にドゥーワップのグループが夜な夜な演奏していたステージは、まさにこんな熱気溢れた感じだったのかと思うとゾクゾクします。 まだ私はTHE APOLLOSのライブを見たことがないのでぜひ一度、できるだけ早く見てみたいグループです。 |
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「Oh!Sharels(オシャレルズ)」 2010年結成、女性3人がボーカルを取るグループ。 メンバーにはラッツ&スター出雲亮一(ギター)、山崎廣明(ピアノ)が参加しています。 女性によるコーラスグループですが、60年代の”ガールズグループ”という印象ではなく、あくまで”ドゥーワップ”であり、コーラスの編成や楽曲のアレンジは50年代アメリカのロックンロールやポップスを基調としています。 2度ほどライブを見たことがありますが、見事なコーラスワーク、華があるステージはとても素晴らしいです。 精力的に活動をしており日本のみならず海外からも注目されているグループです。 |
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今でこそドゥーワップというジャンルは日本でも定着していますが、現在ドゥーワップスタイルのグループは希少価値といっても過言ではないほど少ないです。 やはり大所帯になってしまう分、なかなか活動ができない、というよりも歌の上手い歌手を何人も見つけて、バンドメンバーを集めてと、結成しようという時点で中々ハードルが高そうです。 無理は承知でもっとドゥーワップ・グループが日本に増えたら楽しいのにと、日々祈っています。 |
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