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9月に入りましたが。まだまだ暑い京都から、京都商品部 朴 高史です。 ある日、作業中に流れてますfm放送から聞こえてきたのが、Sugar Hill Gang や、Kurtis BlownのHipHop創成期の曲でした。蘇ってきましたあの頃が。 あの頃からはもう30年も経ってしまったのかと思いまして、今回は、HipHopのお話です。 インターネットなども普及してない頃ですから、情報源は、雑誌やラジオ、テレビ、口コミなどで、タイムラグがあります 美術学生だった私が最初に心動かされましたのが、雑誌で見ましたニューヨークのグラフィティーアートの記事。 地下鉄や、ビルへのグラフィティー(落書き)の写真や、キース・ヘリング や、ジャン=ミシェル・バスキアなどのストリートアーティストの作品がソーホーのギャラリーで高く買い取られたなどの記事に興奮を覚えたりしておりました。 |
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ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat) ジャン=ミシェル・バスキアは、17歳の頃から地下鉄やスラム街地区の壁などに絵を描き始め、デザインしたTシャツやポストカードを売りながら生計を立ていた。徐々に彼の描いた絵は評価され、[キース・ヘリング]や[バーバラ・クルーガー]の助力の許にニューヨークで個展を開くようになる。1983年には、[アンディ・ウォーホール]と知り合い作品を共同制作するようにもなり有名になるが、1988年27歳の若さにして死去 |
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キース・ヘリング Keith Haring キース・ヘリングは、1980年代のアメリカ美術を代表するアーティスト。80年代初頭にニューヨークの地下鉄で、黒い紙が貼られた使用されていない広告板を使った通称サブウェイドローイングというグラフィティー・アートを始めました。そのコミカルで誰もが楽しめる落書きは、地下鉄の通勤客の間で評判となり、一躍キースの名を広めることになりました。1990年31歳で亡くなる |
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缶スプレーで即興で描かれるグラフィティーアートや、ブレイクダンスのヘッドスピンや、ブレイクビーツのスクラッチプレイなど派手なものから徐々に話題になりはじめ、ラップを含めたサウスブロンクス(当時、世界で最も危険だと思われていた所)発祥の総合的文化活動とも言えるHIPHOPが徐々に見え始めてきました。 ラップやブレイクビーツが猛烈に聴きたくなり、街の輸入盤屋さんを回るのですが、マイナーレーベルの12インチシングルでしたので、まず入荷がなく、見つかりません。しかし、こんなコンピュレーションアルバムはありました。 |
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GENIUS OF RAP ISLAND 1982 A-1. TWENNYNINE feat. LENNY WHITE「TWENNYNINE ( THE RAP )」 A-2. T/SKI VALLEY「CATCH THE BEAT !」 A-3. DR. JECKYLL & MR. HYDE「GENIUS RAP」 B/W B-1. AFRIKA BAMBAATAA & THE JAZZY 5「JAZZY SENSATION」 B-2. GRANDMASTER FLASH & THE FURIOUS 5「SUPERAPPIN'」 B-3. BON ROCK & THE RYTHEM REBELLION「SEARCHING RAP」 |
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タイトルの元にもなっている収録曲のDR. JECKYLL & MR. HYDE「GENIUS RAP」ですが、 バックトラックが同年に発売されましたTalking HeadsのクリスとティナによるTom Tom ClubのGenius Of Loveだったりします。 GRANDMASTER FLASH & THE FURIOUS 5もIT'S NASTY,同じ曲を使ってます。 HIO HOPな感じです。 ちなみに、MARIAH CAREY のFANTASYも同じです。 |
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Tom Tom Club Tom Tom Club Sire 1981 1. Wordy Rappinghood 2. Genius Of Love 3. Tom Tom Theme 4. L'Elephant 5. As Above, So Below 6. Lorelei 7. On, On, On, On... 8. Booming And Zooming 9. Under The Boardwalk 10. Lorelei (Remix) 11. Wordy Rappinghood (Remix) 12. Genius Of Love (Long Version) |
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収録曲のラッパーでやはり注目されるのが、HIP HOPの最重要人物のこのお二人。 |
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GRANDMASTER FLASH グランドマスター・フラッシュ 本名:ジョセフ・サドラー、Joseph Saddler、 1958年1月1日ー |
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代表曲がこの3曲。 |
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SUPERRAPPIN' GRANDMASTER FLASH & THE FURIOUS 5 ENJOY 1979 ザ・フューリアス・ファイヴ とのデビュー曲。 ラップのプロトタイプとも言えるパーティーチューン。 当時、繰り返し何度も聴いた覚えがあります。 |
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同時期によく聴いたのがこちら |
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Rappin & Rocking The House Funky 4 + 1 ENJOY 1979 シェリル・リンの「GOT TO BE REAL」のベースラインが下敷きになっており、人力演奏によるトラックがいかにもオールドスクールな熱い作品 |
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THE ADVENTURES OF GRANDMASTER FLASH GRANDMASTER FLASH SUGAR HILL 1981 GRANDMASTERの神業的Mixが堪能できるHip Hop史に残る傑作 |
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THE MESSAGE GRANDMASTER FLASH & THE FURIOUS 5 SUGAR HILL 1982 Don't push me cause I'm close to the edge I'm trying not to lose my head, ah huh-huh-huh [2nd and 5th: ah huh-huh-huh] [4th: say what?] It's like a jungle sometimes it makes me wonder How I keep from going under It's like a jungle sometimes it makes me wonder How I keep from going under おい、押すんじゃねぇよ。俺は崖っぷちに居るんだからよ。 ホント、死なねぇように必死なんだよ。 もう、この街はまるでジャングルじゃねぇか。 命落とさないのが不思議なくらいだ。 ホントにジャングルみたいだ。 何で俺は大丈夫なんだろうな。 エレクトロなバックトラックに切迫感のあるメッセージ、狭いコミーティー内のパティーミュージックから、外へ向けて放たれた一曲。 RUN-DMC,やPUBLIC ENEMYなどに続く社会派ラップの最初の曲。 |
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AFRIKA BAMBAATAA 本名:ケヴィン・ドノバン(Kevin Donovan) 1957年4月17日 - ) HIP HOPの名付け親。社会運動家的側面も感じられます。 |
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PLANET ROCK AFRIKA BAMBAATAA & THE SOUL SONIC FORCE TOMMY BOY 1982 エレクトロヒップホップの先駆け。 KraftwerkのTrans-Europe Expressがバックトラックに、 野太い声のラップで始まるこの一曲、 プロデュースはArthur Baker。 |
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エレクトロヒップホップではこちらもよく聴きました。 |
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SPACE COWBOY THE JONZUN CREW TOMMY BOY 1983 |
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そして、映画「Wild Style」も公開され、GRANDMASTER FLASHのスクラッチプレイ(SL-1200を3台使用)、Rock Steady Crewのブレイキング、Double Trouble、Busy Bee、Fab 5 Freddyなどの映像を目にしたのでした。 |
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Wild Style 1983 監督: Charlie Ahearn 音楽: Fab Five Freddy, Chris Stein キャスト: Patti Astor, Busy Bee, Grand Mixer Dxt, Sandra Fabara, Fab Five Freddy, Frosty Freeze, Mr Freeze, Grand Master Flash, Crazy Legs, George Quinones, Rammellzee, Prince Ken Swift, Grand Wizard Theodore, Mr Wiggles, Andrew Witten |
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HIO HOPの三種の神器と言いますと「ターンテーブル」、「ミキサー」そして「エム・アイ・シー」 DJ用ターテーブルと言いますと、やはりこれしかありません。 |
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Technics SL1200 MK2 1979 当時の開発部長がアメリカ合衆国のクラブDJに意見聴取に赴きSL-1200の不具合箇所は無いか尋ねると「このままで良い、これ以上触って欲しくない。」と言う回答を得たと言われておりすSL1200シリーズで(WIKIより) 1979年に発売が始まった、1%単位で調整出来るピッチコントローラーが付いたこのモデルはHIP HOP誕生とともにあらわれた、正にHIP HOPプレイヤーです。 このプレイヤーが無ければ、ブレイクビーツは生まれなかったと私思っております。 そしてこちら、 |
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Technics EPC-U1200 2001 DJプレイ時はテクニクス純正DJカートリッジ「EPC-U1200」を用いるよう推奨されている(DJプレイ非対応カートリッジは針先の寿命を縮めレコード盤を痛めるので「EPC-U1200」以外のカートリッジはテクニクス・パナソニック製であってもDJプレイ使用不可)。(WIKIより) だそうです。 |
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感動した音楽は、聴いた当時のことを鮮明に思い出させてくれるかと思いましたが、そうでもなく苦労しました。 では、失礼します。 |
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